大阪高等裁判所 昭和52年(う)17号 判決 1978年8月29日
被告人 辻内正年
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人相馬達雄、同山本浩三、同大橋武弘共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補遺書、並びにこれらを補充した弁護人小川真澄作成の弁論要旨記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事藤掛義孝作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一控訴趣意中、事実誤認の主張について
所論は、要するに、原判決は、原判示一の事実の採石現場を奈良県吉野郡川上村大字中奥小字野原赤倉出合三九〇番地付近、原判示二の事実の採石現場を同村大字伯母谷字ヲニイワヤ二七八番地付近と認定しているが、右「三九〇番地付近」或は「二七八番地付近」というも同番地自体山林の広大な地域を指称する巾のある概念であるから、右記載のみでは犯行場所の特定がなされたとはいえず、また各犯行場所が準用河川区域内に存することを認定するに足る証拠がないのに拘わらず、右採石現場がいずれも準用河川区域内にあると認定した原判決には、事実を誤認した違法がある、というのである。
先ず、犯行場所に関する原判決の罪となるべき事実の記載が不特定である旨の主張につき案ずるに、本件では河川法一〇〇条による準用河川区域内における同法二七条一項の違反行為が処罰の対象になつているのであるから、罪となるべき事実の摘示として採石現場=犯行場所が同条による指定区間内に存在する点に焦点を合わせてその場所を具体的に明白にすべきところ、原判決は、原判示一の事実につき、「……三九〇番地付近の準用河川中奥川の河川区域内の土地」としたにとどまらずさらに括弧書きをもつて、(下流端より約六五〇〇メートル、上流端より一〇〇〇メートルの地点)と付加記載し、原判示二の事実についても、右同様犯行場所につき準用河川区域の下流端及び上流端からの距離を付加記載して事実摘示しているのであるから、これらは、いずれも犯行現場が準用河川の区域内にあることを特定明示しているものというべきである。したがつて、犯行場所の記載として何等欠けるところはない。
ところで所論は、本件各採石現場が原判決摘示の各地点に存することを裏付ける証拠がないというのであるけれども、原判決挙示の川上村長作成の川上村告示第六号写(ただし、当審における事実取調の結果第七号とすべきを写作成者が誤記したものと判明)司法警察員作成の各実況見分調書、司法巡査作成の各捜査報告書、奈良県吉野郡川上村長作成の捜査関係事項照会に対する各回答書など関係証拠によると、後記訂正する点を除き、原判示各事実を肯認するに十分である。
なお、当審証人福嶌徹二の証言等によると、同人は昭和五〇年一〇月一七日に行われた原判示一の採石現場の実況見分に村役場の係官として立会つたのであるが、当時中奥川沿いの林道は指定区間の上流端より約三〇〇米位下流の地点までしか開通していなかつたため、同人は現場の位置を特定するに当り、現場から上流端(原判示の両準用河川には、その起点・終点にその旨を示す標識((立札))が設置してある)まで歩き、目測見当でその距離を約一〇〇〇メートルと推測し、その旨回答したが、その後上流端付近まで林道が延長開設され、改めて川沿いに設置されている道路を測定した結果、上流端より約六〇〇メートル下流に本件採石現場があることが確認された事実が認められる。してみると、原判決中、原判示一の犯行場所に関する摘示中には客観的事実と符合しない部分があり、正確には上流端からの距離は約六〇〇メートル、下流端からの距離は約六九〇〇メートルとすべきである。しかしながら、右誤りは、もとより判決に影響を及ぼすものではない。その他記録を精査するも、原判決には所論のような事実の誤認は存しない。論旨は、いずれも理由がない。
第二控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
一 原判決が法令の適用に当り河川法一〇〇条一項を遺脱したとの主張について
しかしながら、刑事訴訟法三三五条一項により有罪判決に示すことを要する法令の適用は、主文のよつてきたる根拠を明らかにする限度において示せば足りるものであるところ、河川法一〇〇条一項は一級河川又は二級河川以外の河川で市町村長の指定にかかる準用河川につき、二級河川に関する規定を準用する旨を定めたいわゆる準用規定であるからかかる規定まで引用する必要はないというべきである。論旨は理由がない。
二 河川法二七条一項の解釈適用について
所論は、要するに、河川における土石の採取につき、旧河川法一七条ノ二は地方行政庁の許可を要するものとし、その違反行為を無許可の土砂採取の罪として同法五八条一号により処罰することとし、なお海岸法八条一項は土石採取につき海岸管理者の許可を要求し、その違反に対する罰則を同法四一条においているが、これに対し現行河川法は同法二五条により土石採取につき許可を要するとしながら、旧法のごとく違反行為に対する罰則を設けていないこと等からみれば、現行河川法は土石採取を同法二七条一項にいう河川区域内における土地の形状を変更する行為に含めて処罰することは予定していないと解すべきである。そうでないとしても、右条項にいう土地の形状変更に当る場合とは、同条項にいう掘さく等と同じ程度に土地の形状が変更される場合をいうものと解すべきであるから、本件のように土地を掘さく等せずに、単に他の石の上に乗つている石や河床に転がつている転石、浮石を持ち上げて採取し、結果的に約一〇センチメートルほどのくぼみが生じることがあつたに過ぎないような程度・態様の採取行為にあつては、未だ土地の形状の変更には該当しないと解すべきであるのに拘わらず、被告人の所為を同法二七条一項に違反し同法一〇二条三号に当るとした原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
そこで所論にかんがみ、原審証拠及び当審において取調べた証拠を検討し、次のとおり判断する。
(1) 河川区域内における土石(砂を含む。以下同じ)採取につき、旧河川法(明治二九年法律第七一号)は、昭和三三年法律一七三号による一部改正により、建設ブームにのつて砂利の需要が激増し大都市付近の河川で無許可で砂利採取をする者が増加した事態に対処すべく、従前各都道府県の規則に一任されていた砂利採取に関する規制(旧河川法一九条、同法施行規程一四条参照)を河川法自体の中に取り込みその取締りの適正を期するため、新たに同法に一七条の二を設けて、「河川ノ区域内ニ於テ土石(砂ヲ含ム以下同ジ)ヲ採取セムトスル者ハ地方行政庁ノ許可ヲ受クベシ」と定め、その違反行為に対し五八条に罰則(一年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金)を設けていたのに対し、戦後社会経済の急速な発達につれ水の需要の激増にともない治水及び利水の両面からの法制の整備をするため制定された現行河川法(昭和三九年法律第一六七号)は、二五条において、旧法同様河川区域内の土石採取につき河川管理者の許可を受くべきものとしながら、その違反に対する罰則は設けず、ただ違反者は同法七五条一項による河川管理者の監督処分の対象となり、原状回復その他の措置を命ぜられることがあるとする建前をとつている。なお、海岸法(昭和三一年法律第一〇一号)は、海岸保全の見地から、同法八条において、指定にかかる一定の海岸保全区域(同法三条参照)内における土石の採取(同法八条一項一号)、及び土地の掘さく、盛土もしくは切土その他政令で定める行為(同項三号)等をするについては、海岸管理者の許可を受けなければならない旨定め、同条違反行為に対し同法四一条に罰則(一年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金)を設けている。
しかしながら、現行河川法が同法二五条違反につき処罰規定を設けていないからといつても、土石の採取をいかなる角度からも同法上不処罰としたものではなく、それが河川区域内の土地の形状を変更する行為を伴うものである限り、同法二七条一項の規制に服し、その違反については同法一〇二条三号により処罰を免れないものとしていると解するのが相当である。
すなわち、河川法二七条一項は、河川区域内の土地において土地の掘さく、盛土若しくは切土その他土地の形状を変更する行為をしようとする者は、政令で定める軽易な行為を除き、河川管理者の許可を受くべき旨規定しているが、その法意は、右土地の形状変更が河川における一般の自由使用を妨げ、或は洪水等の災害時における河川の正常な機能を減殺する虞れがあるため、一般的にこれを禁止すると共に、個別の許可申請に対する審査の機会を通じて、治水上の災害防止及び利水並びに環境保全の見地からする河川管理上の障害となる事態の発生を未然に防止しようとするにある。しかして、同法二七条一項が土地の形状を変更するものとして列記する行為は、掘さく、盛土若しくは切土の例示の文言からも明らかなように、その行為自体が直接土地に工作を加え土地に形状の変更を招来する行為を列挙しているもので、土地の形状変更を伴い又は伴うことがある原因行為の性質・種類等についてはいささかもふれるところはなく、原因行為の種類等まで何等限定するものでないことは、同条項の規定の文言自体に照らして明らかである。
これを、同法の二、三の規定に即してみてみるに、河川の流水を占用(同法二三条)し、河川区域内の土地を占用(同法二四条)しようとする場合には、それぞれ河川管理者の許可が必要であるが、これは右流水の占用等の行為が河川の流水、河川区域内の土地につき排他的な使用ないしは支配を内容とするいわゆる特許使用たる実質を有し、公物主体たる河川管理者の許可(行政行為としての性質は特許)により付与されるものであることを定めたものであるが、右各規定による許可により取得した権利内容を実現する過程で、それが河川区域内の土地の形状変更を伴う場合には、その原因行為の種類・性質に拘わりなく、土地の形状変更をなす点につき、更に同法二七条一項による許可を受ける必要があり、その違反行為に対しては同法一〇二条三号の罰則が課せられることになるのである。そして、この理は、右と同様に特許使用たる性質を有し、河川管理者の許可により土石等河川の産出物を採取する権利を付与する旨定めた同法二五条の関係においても、等しく適用あるのである(同法施行規則三九条参照)。
所論のいうように、同法二五条違反の行為自体に対しては罰則が設けられていないのであるけれども、同条の問題は、予め同条が定める許可をえずして土石採取をなした場合に、その無許可という点につきいかなる法的規制を加えるかの問題であり、採取行為自体が河川法の他の規定や刑罰法規との関係で、いかなる評価を受けるものかとは別個の問題であるから、立法論として、同法二五条に違反し許可なくしてされた土石等の採取行為につき、河川管理権の侵害として、同法自体に罰則を定めることも十分可能なのである。(なお、準用河川区域における無断砂利採取と窃盗罪の成否につき、最高裁判所昭和三二年一〇月一五日判決刑集一一巻一〇号二五九七頁参照)。
(2) 次に、流動可能な状態で河床上に散在し、或は堆積する転石、浮石の類いは、厳密には同法二五条にいう河川の産出物というべきものであつて、河床自体とはいえず、従つて掘さく、盛土若しくは切土を伴わない以上これらの採取行為が果して河川法二七条一項の「その他土地の形状を変更する行為」に含まれるか否かについて検討する。
案ずるに、洪水その他異常な天然現象により一時的に河床を覆うに至つた場合などは(河川法六条一項一号参照)別にして、河川区域内に天然に散在する大小様々の石などは、上流の岩石が水流等により砕かれ流水に流されるなどして、大小その他種々の形態で河床上に散在し或は堆積し、更には河床その他河川区域内の土石に附着してそのあるがままの状態において、自然に水流調整等の機能を営み、且つ河床を安定させこれを保護する作用等を営むものであり、また、河川における土石の採取は、もともと多少とも掘さくを伴うなどし河床状況の変動を伴うのが一般であることなどにかんがみると、転石、浮石その他河床との関係で物理的に可動的な関係にある土石の類いも、広義においては、河床の一部を構成するもの、すなわち河川区域内における土地の構成要素をなすものと解するのが相当である。それ故、土石の採取は、それが転石、浮石の類いのごとき存在形態のものを対象とする場合であつても、他に特段の事情がない限り、河床の変動をもたらすものと考えられ、法が例示する掘さく盛土若しくは切土を伴わなくとも河川法二七条一項にいう「その他土地の形状を変更する行為」に当るものと解するのが相当である。
(3) 次に、土地の形状を変更するものとして、河川法二七条一項の許可を要するのは、採石量がきわめて少く、かつ一時的のものである場合などいわゆる河川の自由使用の範囲を超えて、土地の形状を変更する場合である。そして、土地の形状変更が自由使用の範囲を超えると認められる以上、当該行為が現実に河川に及ぼす治水上その他の影響の有無、その大小は問うところではない。かく解することが、土地の形状の変更につき、(同条項但書の除外事由の場合を除き)一律に許可を要するとした同条項の文言・趣旨にも合致し、河川管理の実際にも適合するからである。
なお、自由使用に属すると考えられる行為と許可を要すべき行為との限界如何であるけれども、この点は当該河川の状況如何によることでもあり、一律に決め難い一面も存するが、先ず、採石現場の状況、採取にかかる石の大小、採取量、採取にかかる土地の面積、採取方法など、個々の採取行為の態様等に即して判断すべきでありなおその他に、(地域)社会における河石等に対する需要の強度、需要人口の大小等をも、判断基準の一要素とするのが妥当である。
(4) そこで、これを本件採石行為についてみると、現場はいずれも準用河川区域の上流端にほど近い谷あいで、川巾は中奥川が平常時約四メートル、伯母谷川で同約一三メートルという山深い渓流区域であり、被告人は、原判示一の中奥川の現場においては一四個(約三トン)、原判示二の伯母谷川の現場においては一九個(約三トン)の河石を採取し、石の形状は区々であるが、造園業者に庭石用として売却するに適当なものを選んで採取しており、その直径はおおむね五〇ないし六〇センチのもので、なかには一メートル近いものも含まれていること、その採取に当つては石をワイヤーでしばりつけこれを貨物自動車の後輪に装着した巻取機にとりつけて回転させ、河床より引上げるという機械力を利用した方法をとつており、そして、採取跡にはその石の形状に応じたくぼみが、中奥川の現場二ヶ所(深さ一〇センチメートル及び三〇センチメートル)、伯母谷川の現場には四ヶ所(深さ二〇ないし四〇センチメートル)が残存していることが認められる。
右認定事実から明らかなように、本件は、小石や砂利を小量採取したという事案ではなく、前記のような大きさの石を、一四個或は一九個と約三トンずつも採取したものであるから、それが自由使用の範囲を超えることは明々白々であり、かかる採取の程度・態様に照らし、河床に採取跡としてのくぼみを残すと否とに拘らず、本件採石行為が広義における河床の変動を伴うものと認められ、河川法二七条一項にいう河川区域内における土地の形状を変更する行為に該当することが明らかである。
してみると、準用河川の管理者の許可を受けず、準用河川の区域内において土地の形状を変更する行為にあたる前記採石行為をした被告人に対し、河川法二七条一項に違反するとして同法一〇二条三号を適用した原判決は正当である。
(5) なお、所論は、本件のような採石行為について河川法二七条一項、一〇二条三号を適用するのは類推解釈であり、またこれらの規定は、自由使用として不可罰とされる場合と土地の形状変更に当るとして処罰される場合との区別が著しく不明確であり、類推解釈によるもので罪刑法定主義に違反し無効である旨主張するけれども、前段については、文理解釈によるもので所論は採りがたいし、後段については、一般に刑罰法規も、それが法規たる性質上多少とも抽象性を有し、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準を見出すのに、合理的な判断を要する場合のあることを免れないところであり、前記河川法の規定が通常の判断能力を有する一般人の理解において、その具体的な所為が同規定の適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめる基準を読みとることは、通常さほどの困難なしに考えうることであるから、右規定が犯罪構成要件の内容をなすものとして不明確であるとはいえない(最高裁判所昭和五〇年九月一〇日大法廷判決刑集二九巻八号四八九頁参照)。
以上のとおり原判決に河川法二七条一項の解釈適用に誤りがあるとする所論はいずれも採りがたい。論旨は理由がない。
第三控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、量刑不当を主張するのであるが、本件各違反行為の罪質、態様、とりわけ造園業者に転売する目的で、被告人の普通貨物自動車に巻取機を装着する等して機械力を用い、それぞれ約三トンに及ぶ数量の河石を計画的に採取し、しかも被告人は本件同種の違反行為により昭和四七年七月以降四九年三月の間合計三回罰金刑に処せられたのに拘わらず、原判示一の犯行に及んで検挙取調べを受け、その処分未定のうちに又も原判示二の犯行を他人と共謀して累行したものであり、犯情悪質と認められること、右同種前科を含む前科歴等に徴すると、本件不法採取にかかる河石はすべて原状回復に当てられていること等所論の諸点を考慮しても、原判決の刑(懲役六月、執行猶予四年間)が重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用につき、同法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢島好信 山本久巳 久米喜三郎)